ウフィッツィ美術館でのギャラリートーク
今回は、ウフィッツィ美術館のガイドさんによる子どもたちを対象としたギャラリートークの様子について報告します。
その日参加していた子供たちは、10〜11歳の小学生約30人。
引率の先生3人と2つのグループに分かれて、ガイドさんの話を聞いたり、ディスカッションをしながら美術館を回ります。
ウフィッツィ美術館
"ウフィッツィ(Ufficci)"とはイタリア語でオフィス、つまり事務所のこと。
1460年メディチ家のコジモ1世がオフィスとして使うために建てたことから、そう名付けられました。
ウフィッツィ美術館にはメディチ家の代々の財産、ルネサンス美術の膨大なコレクションが所蔵されています。
美術書や教科書でみなさんも一度は目にしたことのある作品を間近に鑑賞できる場所です。
ウフィッツィ美術館での鑑賞
15人ずつのグループに分かれた子供たちは、まず最初の部屋でチマブ−エとジオットの宗教画を鑑賞します。
ガイドさんはまずここで、ルネッサンスに入ってどのように絵画の表現法が変わったかを説明します。
ルネサンス絵画の基礎を築いたのはジオットで、彼から近代絵画が始まったという人もいます。
遠近法やマリア様の体のボリューム、衣装の影のつき方、またマリア様のキリストの抱き方の違いなど、
一つ一つ説明していきます。
ここでは、ルネッサンス以前とそれ以後の作品の違いを自分の目で確認できるのです。
- 次にいくつかの宗教画を見て、それらをジオットの作品と比較してみます。
- ― これはチマブーエとジオットとどっちの作品に近いかな?
- 子供達はぴっと人差し指を立てた右手を挙げます。
- ― マリア様の胸のボリュームがちゃんとあるし、キリストを優しく抱いてるからジオットだと思う。
- 髪をきゅっと束ねた女の子がはきはきと答えます。
- ― んー、完璧。私が付け足して説明する必要がないくらいよ。
こうして子供たちはお話の中で得た知識を、すぐにほかの作品に応用して鑑賞できるのです。
その後は、ウッチェッロやピエロ・デッラ・フランチェスカの作品を見ながら、遠近法や風景の説明を聞きます。
ボッティチェッリの部屋では《春》を題材に、質問を交えながら何が描かれているかディスカッションします。
子供たちは好奇心旺盛。ガイドさんが説明してる先から質問したくてうずうずしているようで、あちこちで人差
し指を立てた手が挙がっていました。イタリアではこれが発言するときのお約束みたいですね。
プログラムはおよそ1時間30分、この美術館の作品量からすると短い時間でしたが、
子供たちはきっとたくさんのことを学び、そして何よりも美術が大好きになったんじゃないかな、と思いました。
パドヴァの美術館で
こんにちわ、フィレンツェの日山麻奈です。皆さん、グラッパというイタリアのお酒は知っていますか?
今回は、そのグラッパで有名なパドヴァという町のそばにある
バッサーノ・ダ・グラッパ(Bassano da Grappa)という小さな街の美術館でのお話をしたいと思います。
街の中心部の市立美術館には、この街の画家を始めとするヴェネツィア派の画家たちの作品が集められています。
ここで出会ったのは10歳前後の小学生。10人くらいずつ2グル−プに分かれてガイドさんたちの話を聞きます。
《最後の審判》の前に座った子どもたちに、ガイドさんはアトリビュート(持物)の説明をします。
さまざまな聖人、また聖書の登場人物たちは、自分が誰かを示す物を持っていたり、身につけていたりします。
アトリビュートというのは、そういった聖人たちの目印になる物のことで、キリスト教の絵画を見るときに知っ
ていると、とても参考になります。
みんな、福音書を書いた4人の人たちの名前を知っているかな?
―ルカ、マルコ、マタイ、ヨハネ!
ガイドさんの質問に子どもたちが元気よく答えます。
―そう、彼らがキリストの物語を書いた人たちだよね。
4人ともそれぞれ自分を示すものをいつも持っているんだよ。
マタイは人、マルコはライオン、ルカは牡牛、ヨハネは鷲をそばにいつも連れているんだよ。
また、《夏》と《冬》という題名の農民の生活を描いた絵の前では、
「夏にはみんな何をしている?冬には?」
と、みんなで絵の中に描かれていることを一つ一つ確認しながら見ていきます。
最後に《ヴィーナス》の絵を見ていた子どもたち。
―ヴィーナスは美の女神様だからいつもきれいな女の人として描かれているのよ。
と説明するガイドさんに
―でも全然美人じゃないよ。
と辛口のコメントをする男の子。
これには一緒に聞いていたイタリア人の友人も思わず吹き出していました。
−そうだね、この時代と今じゃ「美人」の基準も違うもの!
子どもたちの素直な発言で、大人たちも意外に気づかないことを知らされます。
こうして子どもたちが感じたままを素直に表現できる環境を私たち大人が整えておくことも大切なことではないか
と思った一日でした。
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